こんばんは。
16時現在の開封市 気温33℃ 湿度54%です。
明るめの曇りの一日でした。
さてさて、
敦煌旅行記3、現地ツアーに参加した1日について
シルクロード・玉門関・漢代長城を重点的に
書いていきたいと思います。
(とても長いブログになってしまいました(*´▽`*))
敦煌旅行記1、2についてはこちらをどうぞ
↓
現地出発1日敦煌観光ツアーに参加
労働節休暇中の混雑する時期に 世界遺産の莫高窟に行くには
個人で行くよりツアーに参加した方が スムーズに行けるかなあと思ったので、
5月2日は 現地発着の1日敦煌観光ツアー(日本語のガイドさん付き)を
事前に申し込んでいました。
莫高窟以外の観光地は 莫高窟のついで(?)という感じで
ツアーに入っていたので連れて行ってもらったのですが、
ガイドさんに日本語で色々教えてもらうことが出来て、
観光地を効率よく巡れて とても良かったです。
もしツアーに申し込んでなかったら、1日で同じ行程の旅行をするのは
無理だったと思います。
でも、ちょっとハードな1日になりました(*^◇^*)

6:45
ホテルの近くで開いているお店を見つけて

朝食を食べました。
7:30 ホテルのロビーでガイドさんと合流

7:45 莫高窟に到着

莫高窟観光に関しては別でブログを書きたいと思います。
12:40 莫高窟を出発
(莫高窟での滞在は約5時間でした。)

12:55
こちらのお店でお昼

ぶっかけ混ぜ麺。
美味しかったです♪
13:16 出発
昼食レストランでの滞在時間は約20分、
食事時間は約10分で急いで食べた感じでした。
莫高窟でゆっくり時間をとった分、昼食時間はサクッと短めに~(*^。^*)
荒野を走って玉門関へ

昼食を食べた後は玉門関(玉门关)へ向かうようでした。
敦煌市中心部から60キロ離れた場所に行くようです。

車は荒野を走って行きます。
家などの人工物は見えません。

夫は 一番見たかった莫高窟見学を午前中に終えて、
敦煌観光の目的は果たしたとばかりに お休み中です😄

玉門関まで後26キロの地点までやって来ました。

何も無いと思える荒野でも、

ところどころに陥没があったりして
外を見てるのも面白かったです。

道路が波打って見えました。

目的地まであと5キロのようです。

ラクダだ♪
(作り物です)

14:45
玉門関遺跡に到着しました。
シルクロードとは?

玉門関遺跡にはいくつかの見学箇所があり、
みなさんこちらで車を降りて、見学したい遺跡のチケットを買い、
専用バスにて見学する様でした。

私達は玉門関と漢長城遺跡を見学するようです。

バス乗り場へは こちらの建物を通り抜けて
行くようでした。

中は博物館になっていました。
『シルクロード』とは何か?
漠然と 中国とヨーロッパを結ぶ絹の道 と思っていましたが、
ガイドさんの説明で 初めて知ったことも多かったです。

敦煌が中国の西の玄関口だった時代、
敦煌発着の西に向かう道は3本あったようです。
シルクロードは一本の道ではなかったのですね。
北ルート上にあったのが『玉門関』で、
貿易の税金をとったり、荷物検査をしたりする関所だったようです。
『陽関』も敦煌観光地として知られていますが、
別のシルクロード上の関所だったようです。
『玉門関』も『陽関』も今の認識だと
空港などで行う出入国手続き場所(イミグレ)のようなところで、
とても大事な場所だったことがわかりました(*^。^*)

この模型は陸地の高低差を示していて、
チベット高原などの高い山がある場所を避けるようにして
シルクロードがいくつも伸びているのが よくわかりました。
2000年以上前に 張さんという人が中国側から進んでいって
今のトルコやイランあたりまで行き、また中国まで戻っていった道が、
後にシルクロードと呼ばれ、
シルクロードがあることで 東西の経済や文化や宗教の交流が
活発に行われるようになっていったようです。

3つのルートと玉門関と敦煌の位置関係。
ローマから長安(今の西安)までの距離は 約1万キロだったそうです。
現代のようにナビの案内に頼るわけにいかない時代に、
自然の驚異、盗賊などの脅威がある中
よく行き来したなあと 改めて思いました(*´▽`*)
世界遺産 漢代長城

15:10

専用バスに乗りました。

移動中

15:19 到着
奥に見えているのが長城のようです。

漢代に作られた長城。
石碑には世界遺産マークがついていました。

日本だと弥生時代のころに作られました。

約2000年にわたって雨風にさらされてきたので
大部分はすでに崩れてしまったようですが、
玉門関付近の長城は 比較的保存状態が良いままで残っているそうです。

土の中に藁みたいな植物が練り込まれているのがわかりました。

壁を作ることで北から来る馬に乗った人達を
すんなりとは入れないようにしたようです。

矢印の場所まで歩いてみましょう。

長城には要所要所に見張り台が作られていて

問題があると狼煙をあげて知らせていたようです。
ラクダ草

漢代長城前でガイドさんがラクダ草の話をしてくれました。

こちらがラクダ草です。
一見 枯れているように見えますが、

根っこは枯れていないようで、
青葉が生えてくるそうです。

枯れたラクダ草が多い中 青葉のみのラクダ草も 少ないですが見かけました。

これをラクダが食べるのか~と思ったら、

なんと、枯れてるラクダ草でも
ラクダは食べることが出来るそうです😲

シルクロードで砂漠と呼ばれる場所は 砂だけの場所は実は少なくて、
大部分がこんな感じの荒野みたいな場所だそうです。

シルクロードでの砂漠旅が可能だったのは、
水がほとんどない環境でも生えるラクダ草と、
枯れたラクダ草を食べながら 働いてくれる多くのラクダがいたからかも。
たくましいです(*^。^*)
世界遺産 玉門関

漢代長城をあとにして

玉門関に向かいましょう。

15:40 玉門関に到着。
石碑に世界遺産マークがついていました。

玉門関が関所の役割をしていたころ、
この一帯には 役人や関所を守る兵士など、
1万人もの人が 駐在していたようです。

今残っているのは王門関の建物のごく一部だそうです。

15:52

お邪魔します🍀

2000年以上前の建造物が

今も残っていることがすごいです。

ガイドさんによると、ここに階段があったらしい。
中国の絹産業を守るために
玉門関の荷物検査で一番厳しくチェックしていたのが
蚕の卵の持ち出しに関してだったそうです。
「蚕の卵の持ち出し厳禁です~!!」
2000年前、この場所では 多くの役人さんが
叫んでいたかもしれません😄

三角をくぐり抜けると

展望台が見えました。

16:00 展望台

玉門関を通り抜けた旅人は この景色の中を進んでいかないといけない訳で・・・
ゴールまでの道のりを考えると 気が遠くなりそうです(^▽^;)

バスが走っていました。
漢代長城に向かうバスでしょうか。

こちらは散水車!?
ラクダ草に水をやってるのかな。
鳴沙山→砂漠ショー『敦煌盛典』

16:20 玉門関 発
(約1時間半の滞在でした。)

また60キロの距離を走り、敦煌市内方面へ戻ります。
体力に自信のない人が徒歩で1日歩ける距離は
約10キロ~20キロとのデータがあるようです。
徒歩で敦煌⇔玉門関を移動していた時代は、
3日以上かかっていたということですね😅
車での移動が一瞬に感じました。

17:40 鳴沙山付近に到着

鳴沙山観光に関しては また別でブログを書きたいと思います。

20:40 鳴砂山を出発
(約3時間滞在しました。)
この日の鳴砂山は大混雑していて、
通常時よりも チケット購入などに
かなりの時間がかかってしまったようでした。
21時開始のショーを予約していたので、
間に合うかドキドキしました。
夕食を食べるのをあきらめ、ショー会場へ急ぎます。

20:53 ショーの会場に到着。走れ~!

21:00
砂漠ショー『敦煌盛典』の開始に間に合いました(*´▽`*)

22時過ぎまで ショーを堪能。
ホテルに到着したのが22時半過ぎ。
23時にホテルの近くの夜市で夕食。
楽しい一日でしたが ヘロヘロ~(笑)
◎最後まで読んでいただきありがとうございました(#^^#)