こんばんは。
17時現在の開封市 気温13℃ 湿度82%です。
小雨がパラついています。
さてさて、
今日は新彊ウイグル自治区旅行記8 世界遺産『交河故城』について
書いていきたいと思います。
新彊ウイグル自治区旅行記7についてはこちらをどうぞ
↓
黄土台地の崖の上に築かれた都市、世界遺産『交河故城』

10月3日 8時50分のホテルの部屋からの景色です。
太陽がまだ 低い位置にいました。

9時15分、この日の一つ目の観光地 世界遺産『交河故城』の駐車場に
到着しました。

こちらは、交河故城の模型だそうです。
紀元前2世紀から14世紀ごろまで栄えた都市で、
シルクロードの中継地点としても重要な場所だったようで
世界遺産に登録されています。
前日に見学した『高昌故城』には民衆が多く住んでいたようですが、
『交河故城』は兵士とお坊さんが多く住んでいたようです。

ガイドさんが このあたりにお寺があって・・・と
今から行く場所の説明してくれました。
私はこの時 、前日に見た 砂漠の中にある高昌故城のような都市遺跡を想像していて、
この模型の形や造りの意味を いまいちよくわかっていませんでした😅

9時29分 カート乗り場へ。

カートに乗りこんだのは、ガイドさんと夫と私の3人だけでした。

9時32分 交河故城の入り口に到着しました。

目に前には崖しか見えません。
古代の都市遺跡はどこだ??

この時ようやく『交河故城』が黄土台地の崖の上に築かれた都市だとわかりました😲

9時34分散策開始。
坂道を登って 高河故城の中へ。

南門から町に入ります。

南門を見下ろせる位置にあったこちらの洞窟のような場所は
見張りの兵士の休憩所になってたそうです。
「火を使って調理したようで 天井が黒くなっています」と
ガイドさんが教えてくれました。

デジカメの望遠で見てみると、ほんとに天井が黒かったです(*^^*)

ガイドさんは 説明しながら真っすぐ真っすぐ進んでいき、

9時45分 見晴らし台のような場所にやってきました。

奇石のように見えるのは 全部 都市の建物部分とのことでした。
不思議な世界に迷い込んだよう。

左側に目をやると、

山が見えました。

2000年前には ここに多くの人が暮らしていたのですね~(*´▽`*)
貸切状態の都市遺跡を散策

ガイドさんは一通り説明を終えると、

後は自由に見てね~南門で待ってるよと
去っていきました。

自由散策開始です\(^o^)/

どっちに行こうかな。
そういえば 遺跡に到着してから まだ他の観光客の人達を見かけていません。

どうやら 私達が一番乗りの観光客だったようです。
世界遺産の遺跡都市を、まさかの貸切状態で散策(=゚ω゚)

東門の前にやってきました。

井戸がありました。

こちらは東門の見張りのために 兵士がいた場所のようです。

見張り所の横には細い道があり、

通り抜けが出来るようになっていました。

東門に行く時の 抜け道になってたのかも♪

壁が二面残っていて 建物の形が想像できるような建物がありました。

この穴は窓かな?風化で崩れたのかな?
交河故城の建築方法は减地留墙法と版築泥法が 主に使われているようです。
减地留墙法(掘り込み建築)とは ネット情報によると
地面を掘り下げて壁を形成する建築方法とのことでした。
版築泥法とは黄土を突き固めて建築する版築法とのことでした。
版築は漢の時代の万里の長城建築にも使われたそうです。
漢代の万里の長城に関してはこちらをどうぞ
↓

ここに見えている建造物が减地留墙法(掘り込み建築)で建てられているとしたら、

このあたりの元の地面は、もしかしたら青線のあたりで、
頑張って台地の砂岩を削って家を出現させたのかもしれません(*^◇^*)

こちらは 横の縞々ラインがはっきり見えるので版築泥法で作られた建物?
でも岩を掘ったようにも見えるし・・・
どの建築方法で作られたのか
素人目にはよくわからないものが多かったです(*^。^*)

どこも まるで岩のように 固そうに見えました。
あまりに現実感の無い風景で 全部が作り物に見えてきて、
テーマパークの中にいるようにも感じました😅

とはいえ、建物が崩れている箇所もあったので、
今見てる景色は永遠ではなく、
いつか この遺跡は すべて崩れて砂になってしまうのかもしれません。

とりあえず、今 この景色が見られることに感謝🍀
官署区の穴ぼこ

官署区にやってきました。

一見 建物が無いように見えますが、

地下に降りられる階段があり、
(右側には当時使われた階段も確認出来ました。)

広間がありました。

階段横のゴミ箱の上はデジカメを置いてセルフタイマーを撮るのに適していました😄

この先は行けなくなっていましたが、

奥に明りが見えたので 外とつながっているようです。

こちらにも部屋がありました。

あそこにも部屋が??
当時は屋根のついた 立派な建物だったと思われます。

夫が何かを見ています。

小さな穴ぼこがいっぱい開いていました。
先ほどガイドさんが歩きながら説明してくれた、
風化防止のための 薬品注入の跡だと思われます。
これ以上建物を崩れさせず 2000年前の土で出来た建物の形を後世に残すには、
穴ぼこだらけの こんな方法もやむなしか。

あああ!あんなところに落書きもあるぞ~😢
観光客が次々やってきました
そろそろガイドさんとの待ち合わせ時間なので戻りましょう。
今回は 寺院地区方面は散策できませんでした。
遺跡は広いので ゆっくり全部を見ようとすると
半日かかるかもしれません。

入れ違いに 他の観光客の方が降りていきました。

どうやら、遺跡はもう 私達の貸切ではなくなったようです。
(もともと貸切ではありません(笑)(*´▽`*))

次々にやって来る観光客の方々とすれ違いました。
ガイドさんによるとこの遺跡は
民族衣装を着て写真撮影するスポットとしても人気らしく、
昼から午後にかけて もっと混んでくるでしょうとのことでした。
朝一番に来て 大正解♪

あれ?参観路を外れて歩き出す人発見。

良いのかなあ??

周囲の観光客の人も 良いのかあって感じで眺めていると、
スタッフさんが飛んできて注意していました😅
『参観路を歩いてください』『遺跡に入らないでください』の注意看板に
気が付かない人が観光客の中には 一定数いるようです。
柵があっても 柵を越えて入る人もいるかもしれません。
人々から忘れ去られず、遺跡として後世に残すためには
観光地として管理する方法が適しているかと思いますが、
観光客を入れると 落書きや遺跡侵入・遺跡破損のリスクが
どうしても上がってきます。
文化財や遺跡を守っていくって難しいですね(*'▽')
文化財保護のため 専門ガイドさんと一緒じゃない石窟内を見学出来ない敦煌の莫高窟についてはこちらをどうぞ
↓

10時30分 ガイドさんと合流。

さようなら~交河故城。
続く
◎最後まで読んでいただきありがとうございました(#^^#)